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東京家庭裁判所 昭和40年(家)7435号 審判

申立人 山本サリ(仮氏)

右法定代理人親権者父 山本保(仮名)

同母 山本節子(仮名)

主文

申立人の名を「沙理」に変更することを許可する。

理由

一、本件申立の要旨は、

1、申立人は、昭和二七年四月四日父山本保、母山本節子の長女として出生した者であるが、右父母は申立人の出生後申立人を「沙理」と命名したうえ、父山本保において同月十五日東京都千代田区長に対しその出生届出をなしたところ「沙」という文字が当用漢字でないことを理由に届出の受理を拒否され、やむなく申立人の名を片仮名で「サリ」として届出をなし、受理されたのである。

2、しかしながら、申立人の父母においては「サリ」という片仮名の名は記号のようで嫌な感じがするので、申立人の父母もまた申立人もこの「サリ」という戸籍上の名を使用せず、小学校入学以来中学一年の現在に至るまで学校においても、家庭においても「沙理」という名を使用している。

3、このように既に「沙理」が通名となつており、しかも申立人本人もこの「沙理」という名に誇りと愛着をもつており、戸籍上の「サリ」という名と通名の「沙理」という名と二つの名があることは、今後申立人の社会生活上支障を来たすことになるので、この際戸籍上の名「サリ」を「沙理」に変更することを許可されたい。

というにある。

二、よつて審案するに、本件記録添付の戸籍謄本並びに申立人法定代理人山本保、同山本節子に対する各審問の結果によると、右一、の1、2記載どおりの事実を認めることができる。そうだとすると、申立人の戸籍上の名は「サリ」であるが、申立人は既に五年を超える長期間「沙理」という通名を使用しており、今後の社会生活上支障を来たすことが予想されるのであつて「サリ」を「沙理」という名に変更する正当な理由があるものといわなければならない。

ただ、本件においてそれへの変更を求める「沙理」という名に使用される文字のうち、沙の文字が戸籍法第五〇条の規定する常用平易な文字でないため、この規定が名の変更の場合にも適用があるとすると、この変更は許されないのではないかという疑問が存する。すなわち、同条は「子の名には常用平易な文字を用いなければならない。常用平易な文字の範囲は、命令でこれを定める」と規定しており、更に戸籍法施行規則第六〇条は、右規定に基づき、常用平易な文字の範囲を片仮名または平仮名(変体仮名をのぞく。)のほか、当用漢字および人名用漢字に限定しているのである。この規定は、直接には子の出生の届出について適用があるものではあるが、その趣旨とするところは、名の変更を許可する場合にも原則として尊重されなければならないことはいうまでもない。しかしながら、名の変更の場合においては、出生届の場合と異なり、必ずしも常に当用漢字および人名用漢字である文字を用いる名でなければ変更が許可されないと解すべきではないであろう。たとえば、父祖伝来の家業の継承者が、その営業上襲名をする必要のある場合や、神官僧侶になつた者が、その布教伝道上特別の名を用いる必要のある場合の如く、常用平易な文字を用いる要請を超える特別の事情の存する場合、並びに当用漢字および人名用漢字も必ずしも合理的に制定されていないところから、常用平易な文字を要求する法の精神に反しない最小限度において、特にその修正補充を認める必要のある場合においては、当用漢字および人名用漢字にない文字を用いる名への変更も例外として認められて然るべきものと解せられる。

かかる見地から、本件について検討するに「沙」という文字は、音では「サ」「シヤ」訓では「すな」「いさご」「みぎわ」と読み、従来熟語としては「沙汰」「沙漠」「沙門」等と用いられるに過ぎず、使用頻度が少ないことから、平易ではあるが、常用ではないとして当用漢字には採用されなかつたものと推測されるが、人名特に女子の名としては「亜沙子」「真沙子」「美沙子」等従来相当の範囲に用いられているものと認められるのであつて、人名用漢字としては常用平易なものとしてこれを認めてもよいように思われる。したがつて、本件における「沙理」という名への変更は、右に述べた常用平易な文字を要求する法の精神に反しない最小限度において特にその修正補充を認める必要のある場合に該当するものとして、例外的に許可されてよいと解せられる。

よつて、本件申立は理由があるので、主文のとおり審判する次第である。

(家事審判官 沼辺愛一)

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